朝。
空は灰色に濁っている。
今にも雪が降り出しそうな気配だ。
外は限りない静寂に包まれている。
「早苗、お昼食べよ」
「うん」
清水さんと水越さんと僕の三人で机をくっつけてお弁当を食べる。
最近、昼食はこのスタイルが続いている。
お弁当のおかずを交換したり、一つのジュースを回し飲みしたり、男同士ではやらない瑞々しい行為にもようやく慣れてきた。
慣れというのは不思議なものだ。あんなに女の子と話すのを苦手としていたのに
今ではそんな進んだことも出来るようになってきた。
何とか楽しくやっている。
バンッ
前の方で机を叩く、大きな音がした。
何だろうと振り向くともう一人の僕とその友達がまたからかわれていた。
……いや、むしろ僕一人にターゲットを絞ってるような…
「ねえ、最近、春日たち、やり過ぎじゃない?」
確かに……最近はいじめの域に達している。
「あぁ!!」
ドンッ
僕が何か言ったのかいきなり胸倉を掴み僕を立たせ壁に押し付けた。
するといつも一緒に遊んでた友達二人は逃げるようにその場を離れていく。
教室中が静まり返る。
たまらず水越さんが止めに入ろうと立ち上がったが僕はそれを制止、自分で行った。
「やめなよ!」
今日ははっきりと言葉にできた。
春日の後ろにいた二人が僕を睨みつけこっちに向かってくる。
その迫力に思わず後ずさんでしまう。
すぐに水越さんが間に入ってくれた。
「ちょっと!あんたたちいい加減にしなさいよ!!」
強い口調で怒鳴りつける水越さん。
「あぁ!!何か文句あるのか?!」
さらに強く睨みをきかして返してくる。
一触即発な空気になってきた。
「やめろ!!」
以外な奴が止める。
事の発端の春日だ。
いつの間にかもう一人の僕は解放されていた。
春日がそう言うと二人はまたその後ろについて教室を出て行った。
どうにか収まったみたいだ。
「二人とも大丈夫?小坂君も」清水さんが心配な表情をして声をかけてくれた。
…何だったんだ、いったい……
放課後。
友達に見捨てられたもう一人の僕は一人、寂しげに教室を出て行った。
「何か、小坂君、かわいそうだね。……早苗、いいの?声かけてあげなくて?」
「え、…うん」
今は一人になりたいだろう。
「でも、小坂も小坂よ!何で嫌なら嫌って抵抗しようとしないのかしら!」
……その言葉がグサッっと胸に突き刺さった。
しないんじゃないんだ、出来ないんだよ…
「あーーもーーう、何かパーっとしたいわね!ねえ?!今からカラオケ行かない?」
「うん、そうだね!行こっか、早苗?!」
「……うん」
「よーーーし、今日は歌うぞーーーー」
それから帰り支度をし、教室をあとにした。
「あれ?」
下駄箱で清水さんが何かに気づく。
「誰かの鞄が落ちてるよ」
近寄って確かめて見る。
……これは、僕の鞄だ!
「誰の?…って、ちょっと!早苗!!」
僕は一目散に走り出した。
鞄を落とすなんて普通考えられない。
きっとまた僕は……
屋上、特別教室、校舎の裏、…人気のないところを手当たりしだい探し回る。
「はあはあ」
直ぐに息が上がってしまう。
苦しい……前はもっと走れたのに…
一度立ち止まり、壁に手をあて息を整える。
だんだん息が楽になってきた。。
ん?体育館からいつものバスケットボールが弾む音が聞こえない……
まさか……
僕は再び走り出した。
体育館の中は人がまったくおらずやけに静かだった。
ここにもいない……
と、思った矢先にガラガラと何かが崩れる音がした。
体育倉庫の中からだ!
ガラガラガラ
僕は精一杯の力で体育倉庫の重い扉を開いた。
……
いた!!
三人で誰かを囲んでいる。
「何やってるの?ハアハア」
扉から一歩前に出て問いかけた。
「何だ。誰かと思えば葉月じゃないか」
春日……こちらに一歩一歩近づいてくる。
僕の前まで来たら、腕を僕の顔辺りで巻いて真後ろにあった扉を閉める。
すると体育倉庫の中を照らす明かりは小さな電灯だけとなった。
「葉月、俺はおまえが好きだ!俺と付き合え!」
は?何言ってるんだ?!
いきなりの告白。
顔を近づけてくる。
僕はおもわず視線を逸らした。
「それがお前の答えか!なあ、何でだよ!なあ!!」
僕の肩を掴み向きを変え奥の方へ押しやる。
僕はマットに足を引っ掛け尻もちをついた。
隣にはあとの二人に囲まれたもう一人の僕がいた。顔に殴られた痕がある。
「こんなことしておいて、よくそんなこと……」
「ヒューーー、こいつはたまんねぇーー」
三人の視線が僕に集まる。
倒れたときにめくれたスカートを見て喜んでいるのか。
「まあいいや、どのみちお前もただで帰すわけにはいかねぇ!」
春日が上から見下ろしながら言う。
これってめちゃくちゃやばいんじゃ…
何とかこの場を免れて助けを呼ばないと…
「へへへ」
不敵に笑う春日。
何考えてんだ、僕は本当は男だぞ。
「ぼ、僕はこんな身なりをしてるけど、ほんとは男なんだ」
「プ、…ハハハハハハハ」
一瞬の静けさの後、三人とも声を大にして笑い出す。
「お前、もっとまともなこと言えないのか?」
春日の手が僕の髪に伸びる。
「男がこんなサラサラな髪になるか?…こんな白くてスベスベな肌になるか?」
今度は顔を触られる。
「それに……」
春日の視線が下がった。
「ここは……」
「な、なに……」
「……おまえがいけないんだよ、小坂なんかと付き合ったりするから」
……何言ってるんだ?
「見たんだよ。おまえが小坂の家に入ってくとこを」
まさかそれでこんな……
「俺にも…いいだろ」
息があたる。
や、やめ……
「うわわわーーーー!!!」
突然、もう一人の僕が声を上げ春日に飛び掛った。
その勢いに春日は倒れこむがすぐに弾かれ、他の二人に押さえつけられる。
「ちっ!この野郎!黙らせとけ!!」
僕はすぐ立ち上がり春日を殴りかかる。
「おっと」
が、簡単に腕をつかまれ再びマットに倒された。
「いったぁ」
腕を見るとつかまれた部分がすっぽりと覆いかぶさるように赤くなっていた。
「さてと、続きをやるか」
ガラガラガラ
暗闇に光が差し込んだ。
「ちょっとあんたたち!何やってんのよ!!!」
「キャーーーー!!!誰か、誰か来て!!!!」
……助かったー。
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