勉強をやり始めて4時間。
何だかんだと言っても、やっぱ勉強は一人でやるよりみんなでやった方が楽しい。
わからないところとか教えあったりできるし、
なんていうか……ただ一緒に机に向かうだけでわくわくする。
それは子供みたいな感情かもしれないし、ときには捗らなくするかもしれない。
でも、勉強でいつもいつも苦しんでいるより、こんな風に同じ机を囲んで楽しい気分でするのもいいよな。
と、言っても……さずがに疲れてきた。
「ちょっと休憩しよか?」
「うん、そうだね」
シャープペンをポィっと転がして楽な姿勢をとる。
「………」
美奈もシャープペンを置いたのだが、慎吾はまだ手を動かしている。
「慎吾、休憩」
「え?ああ、そうだな」
声をかけると慎吾も姿勢をくずした。
「なになに?何の教科やってたの?」
僕は慎吾の問題集を覗き見る。
「ん、ほれ、数学だよ」
目の前に差し出された問題集。
「どれどれ」と見てみると……
わからん。
ていうか明らかに僕がやってる問題集よりもレベルが高い。
「これ、わかるの?」
「ああ、何とか」
「へーー……」
これは………
高3の一学期まで、慎吾に成績で負けたことなかったけど……夏休みのこの短期間で抜かれたかもしれない。
「じゃあ俺、そろそろ帰るわ」
「え?もう?」
「ああ、悪いな、じゃあー、また今度」
「お、おお」
「バイバイ、慎吾君」
「おう」
………
「慎吾君、がんばってるね」
「うん、そうだなー」
「うかうかしてるとー、慎吾君に差、つけられちゃうぞ」
………痛いとこつきおって。
でも、ほんとにそうかもしれない。
あれ?………というよりもしかして、もうつけられてる?
「さて」
「ん?」
急に態度が改まる美奈。
………何か、すっごい見られてる。
「な、何?」
「あなたは今から私が訪ねることに対して、嘘、偽りない、真実だけを述べることを誓いますか?」
「え?どうしたの?」
「誓いますか?!」
まるで、……ていうかほとんど誘導的な口調。
「ち、誓います」
「では、今、あなたが私に隠していることを全てここで述べてください」
「はい?」
「………」
じーっと、僕を見つめる。
真剣な眼差し。……空気は一気にシリアスな方向に陥った。
「真実って?」
「………」
僕の問いに答えようとしない。
これは………下手なごまかしは簡単に見抜かれてしまうぞ……
でも………ちょうどいい機会かもしれない。
もういい加減、はっきりしないと。
美奈か先生、どっちと付き合うか。
いつまでもフラフラ揺らいでてもしょうがない。……いや、しょうがないじゃなくて、いけない。
「答えて」
黙り込んでいたら急かされる。
覚悟を決めよう。
「実は………せんせ……家庭教師の先生に……告白された」
「…………それで」
「それで………」
しまった!話の筋立てを間違えた!
いきなり”告白された”なんて………単刀直入すぎだ。もっとゆっくり行かないといけなかった。
こっからどう組み立てよう……
僕の思考回路が悲鳴を上げる。
「それで?!」
「それで………OKしたみたいな形に……なった」
フェードアウトするかのように、徐々に声が小さくなっていった。
「…………何それ……」
美奈は下を向いてしまう。
「いや、でも、そのときは先生の告白を告白だと思わなくて……」
「それで」
僕の言い訳に割ってはいる。
「まだあるんでしょ」
下を向いたまま言う美奈。………その声はさっきよりか細い。
………泣いている。
もう何もかも見抜かれる気がする。
もう嘘はやめよう。全部本当のことを言おう。
「先生を……ここに泊めた」
「!!」
パチンッ
「イテッ」
その瞬間、思いっきり平手打ちされた。
「何でそんなことするのよ!信じらんない!!」
立ち上がってすごい剣幕で怒鳴りつける。その瞳からは涙がこぼれていた。
「帰る!」
「ちょ、ちょっと待って!」
僕は帰ろうとする美奈の腕を掴んだ。
「触んないで!」
「イッ」
おもいっきり振り払われ、片方の手に持っていた鞄で顔を殴られる。
教科書や参考書などが入った重い鞄。
今度のは本気で痛い。
僕はたまらず顔を押さえてその場にしゃがみこんだ。
美奈は構わず部屋のドア開け、行ってしまう。
「泊めたっていっても、勉強見てもらってただけで、何もしてな……」
ドアが閉まる。
今の言葉が美奈に届いたかはわからない。
………”泊めた”と言うのはストレートすぎた。
美奈もまさかそこまで裏切られていたとは思っていなかったのだろう。
…………終わった……


朝。
昨日、鞄で殴られたところが痛い。
それもそのはず、顔を鏡で確認したら目の辺りが真っ赤に腫れていた。
そういえば物理で遠心力いうものを習ったっけ。
確か、公式が<F=mv^2/R>だったか。
分子に質量がある。……あの鞄、相当重そうだったから……
はっ、こんな公式が役に立ったじゃないか。
何となくイメージできるよ。その力の大きさが。
………
カーテンを開ける。
そこには晴れ渡る空が広がっていた。
日差しがまぶしい。
………美奈……
痛みが昨日の出来事を思い出させる。
………
………勉強しないとな……
今日は家庭教師もある。宿題もいっぱい出された。
受験生にはいつまでもウジウジしている時間はない。
時計はまだ7時を指していない。
それでも僕は机に教科書を広げた。


ピリリリリ、ピリリリリ
メール、………メールだ。
もしかして………もしかして美奈から?!
僕は慌てて受信メールを開いた。
………
《幸せ確定プレゼント!今ならたったの……》
ただのいたずらメール……
何だよ!
僕はそれをすぐに消去し、パンッと少し強めに携帯を閉じた。
………もう、夜か……
気がつくといつの間にか外は暗くなっていた。
一日がやけに早く感じる。
どうやら僕は落ち込んでいるときのほうが勉強に集中できるようだ。
もうすぐ先生が来る時間。
来るまで英単語を頭に詰めていよう。


おかしい。
先生が来る時間はもうとっくに過ぎてるのにまだ来ない。
今まで早く来ることはあっても遅れることはなかったのに……
どうしたんだろう……


ピンポーン
呼び鈴が鳴る。
遅れること40分、ようやく来たみたいだ。
ベットでボーっと横になっていた僕は慌てて体を起こす。
と、言っても、いつもギリギリまでやっている宿題もさすがに今日はもう終わっている。
慌てることはない。
………
「かずきーー、ちょっといらっしゃい!」
ん?下から母親に呼ばれる。
何だ?このタイミングで……
気になって足早に下へ降りた。
………
「何?」
僕はゆっくり顔を上げる。
すると………玄関に知らない人が立っていた。
「ん?」
「この方は藤森先生に代わって、新しく家庭教師をしてくださる宮野さんよ」
…………え?
「宮野明美です。一身上の都合でお辞めになった藤森さんに代わって
今日から和也くんの家庭教師をすることになりました。よろしくね」
「………」
………辞めた?先生が?どうして?……
その場で呆然と立ちすくむ。
…………何だろうこの気持ち……
体の奥底からぞくぞくと湧き出てくるような………
………寂しい気持ち……
そうか、これが……
これが…………失望というものなのか……
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